父・ダブリン (補習校勤務)での手記

 

当時皇太子であった現天皇陛下御夫妻がダブリンを訪問された時の手記。(以下原文のまま)

「昭和六十年三月四日 皇太子殿下御夫妻奉迎」
両殿下は気軽によく話しかけられた。忘れないうちに記憶をたどって記しておきます。

◎四日(月) 空港にて子供たちと出迎え
大使婦人「校長先生と奥さんです」と紹介。
皇太子「どうもご苦労さんです」
私「どうもご苦労様でございます」                   

光枝「お待ち申し上げておりました」「お会いできまして嬉しゅうございます」  
妃殿下「寒いところ有り難う」「いつも子供たちのために有り難う、またお会いできるんでしょうね」
光枝「はい、また後でお会いいたします」

◎四日(月)午後四時半 アイルランド外務者招待
空港でお会いしただけなのに、よく憶えておられ感心しました。

皇太子「校長先生でしたね」
私「はい、そうでございます」

皇太子「生徒はどのくらいなんですか」
私「二十五人ですが今日は二十人でした」                 

妃殿下「先ほどはどうも有り難う」
光枝「またお会いできて嬉しゅうございます」
妃殿下「私もそうです」

光枝「ダブリンはとても寒うございますので風邪など召さないようになさってください」
妃殿下「有り難う、またお会いできるんでしょう」

皇太子殿下は日焼けしたようなお顔で髪など少々伸びたままの姿。
妃殿下は化粧などほとんどされていない素顔に近い。
「ゆび」など荒れ気味だった。聞くところによれば殿下のお食事など、ご自分でなさるとか。
両殿下とも温和、聡明、高貴、とアイリッシュにも大変よい評判でした。

◎五日(火)午後四時 ナショナル美術館
美術館の一室に日本の重要な文化財が展示されることになり、そのテープカットを殿下がされた。

約百八十点の展示品に品名が英文と、和文は毛筆で細字を私が書くという後々までに残る仕事をさせていただいた。

『皇太子はご覧になられて「この毛筆の文字はとてもきれいですが、どなたがお書きになったのか、明治の置土産ではないですか」と話されておられたということで大変評判が良かったよ』ということをお聞きしてほっとしました。

皇太子は帰られるとき「日本語の学校の校長先生でしたね」と話しかけられた。

◎五日(火)午後六時半 バークレーコートホテル
邦人(日本人)との接見、ここでも立食形式。

(補習校のお母さん方が六~七人のところに殿下がこられたので)
光枝「殿下、この方々は全部補習校のお母先生になるのです」「皆さん本当の教師ではないので、とても苦労があるようです」「それに遠い方は車で一時間半も運転してこられるのです」

皇太子「ああ、そうですか、専門の先生は?」
私「私だけでございます」(笑)

殿下は一人一人に「あなたは何を教えていますか?」とお聞きになりました。そして、
皇太子「どんなところが難しいですか?」
一母親「人数が学年一人とか二人とかで、もっと多いと良いと思います」
皇太子「少ないとやりやすいんじゃないですか?」

 

私「少ないと一人一人の個性がはっきりして、それに応ずることの難しさだと思います」「人数が多いと集団として一斉指導するしやすさがあるということだと思います」
「子供たちは日曜から金曜まで現地のアイルランドの学校なので、土曜日だけ補習校で日本語の保持に努め、国語、算数を主に勉強し、私が時々習字と図画を指導しております」

皇太子「それは結構なことですね」 

私「現地の子供と一緒の機会が多いので国際交流のうえからは良いとこだと思います」
皇太子「そうですね」「これからも頑張ってください」

◎六日(水)夜八時 ロイヤルホスピタル
日本側答礼の晩餐会。大統領夫妻、首相、外相などの要人。
日本側は大使館のほか数名。タキシードを貸衣裳店から急ぎ借りる。

(五日夜、両殿下の御夕食が大使公邸であった。
その晩のためにダブリンの数名が一~二品の料理を大使から依頼された。我が家は「こんにゃく」と「カマボコ」作りだった。母さんが風邪気味でカマボコは私が主に作って届けてあったのでした。)

私、光枝「お招きいただきまして有り難うございました」
皇太子「ああ、カマボコ、ありがとう」「美智子がとても沢山食べましたよ」「私もいただきました」
私「どうも有り難うございました」
光枝「まあ、どうも有り難うございました」

妃殿下「昨日はカマボコを沢山いただきました」「とても美味しくいただきました」「いろいろ有り難う」
光枝「そうですか、有り難うございます」
「妃殿下、お待ちいたしておりましたのに、もうお別れでございますね」(涙)
妃殿下「そうですね」「無事におつとめを終えてお帰りになってくださいね」(涙)
光枝「有り難うございます」「どうぞお元気でお過ごしください」

(次に私に)
妃殿下「お板、どうも有り難う」
私「有り難うございます」「日本でもう一度お会いできますことを期待申しております」
妃殿下「そうでございますね」
私「ご無事にお帰りになりますように」

両殿下にとってアイルランド最後の夜、和やかな晩餐会は十一時まで続いた。

 

七日(木)大統領の昼食会の後、夕刻ロンドンに向かわれた。

○大使夫人から後日
『五日、夕食会の時、妃殿下は「校長先生のカマボコ、とても美味しい」「もう一ついただきましょう」と夕食会で“校長先生のカマボコ”がすっかり有名になってしまいました』ということでした。

○両殿下からの贈り物として、菊の御紋の記された立派な箱に入れられた七宝焼きの小皿を二枚いただきました。
日本の象徴、淡いピンクの「さくら」の図柄でした。